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Cocco 生きろ! ~エピローグ~

生まれたこと、生きること、これからの生き証人

Coccoの深く洞察した歌(表現)に、ある人は同調しある人は変人と感じる。ある意味、私も含めて「考える」「悩む」ことに無頓着になってしまった日本人に対して、心の底から感じ、考え、その思いを伝える「表現者」は、とてもとても孤独であろう。気づくと、何も疑うことなく「何か」に追従し、「あきらめる」ことで大人の世界で浮遊して生きている自分がいる。地球には、自然破壊、紛争、核兵器、人種差別、セクシャルマイノリティ、幼児虐待、貧困、うつ病・・・・と、上げると切が無いほどの問題にどう立ち向かっていくのか「踏み絵」のように試されている。日頃から、「それ可笑しい!」「それって変!」と本当に言い切っていいものなのか、Coccoの歌を聴いていると、ザワザワと胸がさわぎだしてしまう・・・。

絹ずれ 2009年9月16日発売の15th最新挿入曲  Cocco - こっこさんの台所 - EP - 絹ずれ
チョッチョイ子守唄
From YouTube Cocco きらきら Live Tour 2007/2008より
前作シングル「ジュゴンの見える丘」から1年10ヶ月ぶりの15th挿入曲「絹ずれ」。衝撃的な雑誌の表紙を飾った頃の動画になるのでしょうか...。
Cocco独特の世界とともに、ピアノやギターを使ってのサウンドが心に染みわたる。
チョッチョイ子守唄は、全て沖縄方言の歌詞になっている。
幼い頃からバレリーナに憧れていたCoccoの姿を垣間見れる。天昇していきそうな表現に圧倒される1曲。(全2曲オート再生)

YouTubeから配信している動画ですので、配信中止のためご覧いただけない場合があります。

出身/出来事

Cocco(こっこ、1977年1月19日 - )は、沖縄県那覇市出身。スピードスターレコード所属。血液型はO型。本名は非公開。日本の女性シンガーソングライター・絵本作家。

1977年(1977 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、土曜日から始まる平年。昭和52年皇紀:2637年。

【1977年おもな出来事】
・01月04日 - 青酸コーラ無差別殺人事件
・01月27日 - ロッキード事件丸紅ルート初公判。
・02月17日 - 沖縄県の久米島でみぞれを観測。日本における降雪の南限記録となった。
・05月02日 - 大学入試センターが発足。
・08月07日 - 有珠山が噴火活動を開始( - 翌年10月27日)。
・09月05日 - 国民栄誉賞が創設される。王貞治が第1回目の受賞者に。
・10月15日 - 長崎バスジャック事件。犯人1名を射殺、人質は全員無事。
・10月30日 - 開成高校生絞殺事件。
・11月28日 - 福田改造内閣発足。
・12月25日 - イギリスの喜劇王、チャールズ・チャップリン死去(88歳)。

引用:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

少女から表現者へ

沖縄県立開邦高等学校芸術科美術コース卒業。
プロのバレリーナになることを目指してバレエオーディションを多数受けていた。姉が読んでいた雑誌にビクターの音楽新人オーディションの案内が載っており、「賞金によってバレエオーディション会場への旅費を稼げる」ことと、「東京での音楽オーディション二次審査になれば旅費が支給されるため、ついでにバレエオーディションを受けてこられる」ことから、応募をした。そのオーディションでは入賞はしなかったが、「印象が強かった」とのことでビクタースタッフにより後日スカウトされた。

祖父は沖縄芝居役者の真喜志康忠。映画『大丈夫であるように -Cocco 終らない旅‐』の中で、祖父(映像と字幕で登場)と子供について語っている。

引用:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

成功と葛藤

1997年 3/21シングル「カウントダウン」でメジャーデビュー。同年2ndシングル「強く儚い者たち」発売。ロングヒットを記録しブレイク。Dr.Strange Loveの根岸孝旨プロデュースによるヘヴィなオルタナ・サウンド。感情をすべてぶちまけるようなヴォーカル・スタイルが日本の音楽シーンを震撼させる。沖縄なまりの強い口調とどこまでも自然体のパフォーマンスが、悩み多き十代を中心に着実にファンを増やしていった。のちに、アコースティック・サウンドと融合した世界を開花させ、音楽的進化と自身の葛藤(人生観)をさらけ出した表現(歌)は、ファンにとってカリスマ的な存在となっていく。
またCoccoのプライベートが余り明かされない事から、熱狂的なファンなどの間でCoccoについての「いじめ」「失恋」「拒食症」「リストカット」の噂が広がりはじめる。

【シングル】
1997年11月21日 - 強く儚い者たち オリコン最高位18位
1998年03月21日 - Raining オリコン最高位17位
1999年04月14日 - 樹海の糸 オリコン最高位3位
2000年06月28日 - けもの道 オリコン最高位10位
【アルバム】
1997年5月21日 - ブーゲンビリア オリコン最高位33位
1998年5月13日 - クムイウタ オリコン最高位1位
2000年6月14日 - ラプンツェル オリコン最高位1位

【2000年おもな出来事】
・1月28日 - 新潟少女監禁事件、9年2ヶ月に渡る少女の監禁が発覚。
・2月13日 - グリコ・森永事件時効
・3月8日 - 営団地下鉄(現・東京地下鉄)日比谷線中目黒駅で脱線事故(営団日比谷線脱線衝突事故)。5人が死亡、60人以上が重軽傷。
・5月24日 - ストーカー規制法公布。
・6月21日 - 岡山金属バット母親殺害事件。野球部員の17歳少年が練習中の後輩をバッドで殴り、自宅で母親を殺害して逃亡。後日、秋田県で逮捕された。
・12月30日 - 世田谷一家殺害事件発生。

引用:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

活動中止

01年4月、4枚目となるアルバム『サングローズ』の発表をもって突然の活動中止。惜しまれながらもこのまま引退かと噂される。テレビ出演を嫌うことで有名な彼女であったが、それまでミュージックステーションに4回登場している。

2001年4月20日、テレビ朝日系「ミュージックステーション」の出演を最後に、音楽活動を休止。ページ内で動画をご覧いただけます。伝説的なシーンです。

同年9月に初のベスト・アルバム『ベスト+裏ベスト+未発表曲』とPV集『お楽しみ秘蔵ビデオ+全シングルクリップ=計16曲集』を同時リリース。

【シングル&アルバム】
2001年04月18日 - 焼け野が原 オリコン最高位12位
2001年4月18日 - サングローズ オリコン最高位5位

【2001年おもな出来事】
・2月:ハワイ沖で愛媛県宇和島水産高の実習船「えひめ丸」が米海軍の原子力潜水艦グリーンヴィルと衝突して沈没(えひめ丸事件)。
・4月:小泉純一郎が日本の第87代首相に就任した(第1次小泉内閣発足)。
・6月:附属池田小事件発生
・9月:アメリカ同時多発テロ事件 4機の航空機ハイジャックによる、米国に対する大規模同時多発テロ事件が発生。 旅客機2機がニューヨーク世界貿易センタービルツインタワーに衝突し、ビルは倒壊した。死者3,000人以上。

引用:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

沖縄へ

2002年9月27日、絵本「南の島の星の砂」を発売。絵本作家としてデビュー。
2003年8月15日、「ゴミゼロ大作戦 vol.0~正しい海への道のり ラブレンジャー参上~もしも歌が届いたら 海のゴミを拾ってねの巻」と題し、沖縄県那覇市内にて10分足らずの演奏会を開く。

この模様は、ページ内で動画をご覧いただけます。涙と笑顔 - 10分間の演奏会になっいる。

2004年、尾崎豊のトリビュート・アルバム「A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI」に「ダンスホール」で参加。活動休止後最初の歌手活動となる。
2004年、くるりの岸田繁らと共にバンド「SINGER SONGER」を結成。
映画「ヴィタール」の主題歌を歌う、映画公開:2004年12月。
世界中の映画祭で絶賛された衝撃作、主演:浅野忠信×監督:塚本晋也×Cocco。
主題歌「BLUE BIRD」Coccoの歌声(英語)も高い評価をもらう。

現在も問題になっているが、普天間基地移転の舞台になっている辺野古の海への思いについて「基地があることでたくさんのことをあきらめなくてはいけなかった...沖縄の人々が、人生を一生懸命に明るく生きようと努めてきた...。わたしに出来ること、それは小さな事かもしれないが、海を綺麗にすること。ゴミを拾うこと。と、のちに本人が語っているようだ。

引用:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

再スタート

2005年8月5日、バンド「SINGER SONGER」のメンバーとしてテレビ朝日系「ミュージックステーション」に出演。2006年2月22日、シングル「音速パンチ」をリリース。Cocco名義での音楽活動を実質的に再開する。2006年4月より、毎日新聞上で連載「想い事。」を開始する(毎月第1月曜日に連載される。2007年3月終了)。2008年4月より、カルチャー雑誌の「パピルス」で、季節のレシピや料理と生活の喜びをつづるお料理コラム「こっこさんの台所。」の連載を開始(2009年2月終了)。2008年6月より、沖縄の食とくらしを伝える雑誌「おきなわいちば」でエッセイの連載を開始。2008年12月13日、映画『大丈夫であるように -Cocco 終らない旅‐』が公開。

映画「大丈夫であるようCocco終わらない旅」
作品紹介:
「誰も知らない」「歩いても 歩いても」の是枝裕和監督が、「樹海の糸」「強く儚い者たち」のヒット曲で知られている沖縄出身の歌手Coccoと沖縄でのライブツアーや日常生活に密着したドキュメンタリー。また、Coccoは絵本作家としても活動している。監督は、ライブツアーや沖縄の日常生活でCoccoの素顔に迫り、独自の大好きな歌で何かを伝えたい思いを歌で表現しようとするCoccoに心を打たれる。
あらすじ:
Coccoは、2007年11月、デビュー10周年記念でライブツアーが始まった。神戸では、慰霊と復興のモニュメントで曲を書いたり、また環境問題にも取り込んだ。故郷沖縄では、「ゴミゼロ大作戦」を開催したりしていた。「ジュゴンの見える丘」という歌も発表した。米軍基地移設予定地の海に現れた絶滅の危機のジュゴンの姿を歌にしたのだ。そんな時、青森県のファンから届いた手紙。六か村に暮らす少女からだった。その手紙で、六か村に核再生処理施設の存在を知るCocco。「沖縄だけではなかった」Coccoは、自分が育った沖縄だけが戦争の犠牲者を多く出したり、現在も米軍基地問題を抱え苦い思いをしていると思った。しかし、苦しい思いをしているのは、沖縄だけではなく、六か村に住む人達も沖縄と同じように危険と隣りあわせに暮らしているのを知ったCocco。Coccoは、北へと向かった。そして、六か村の会場で「何も分かってなかった。苦しいのは沖縄だけじゃない。」と涙・・・彼女は、悩む。「苦しんでいる人達に、歌うことで心の負担を軽くしてあげられるだろうか?」としかし、私ができることは、「歌を歌っていくしかない」と・・・。

【シングル】
2006年2月22日 - 音速パンチ オリコン最高位5位
2006年5月24日 - 陽の照りながら雨の降る オリコン最高位4位
2007年11月21日(全国盤) - ジュゴンの見える丘 オリコン最高位14位

引用:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

現在、これから・・・

2009年8月28日発売の月刊誌「papyrus(パピルス)」(幻冬舎)の表紙を飾ったCoccoの姿に息を呑んだ。触れただけで折れてしまいそうな細い腕、数え切れないほどの切り傷の痕。2008年12月以来の彼女の姿に何があったんだ?!と言葉がもれる・・・。

同誌の記事によると「拒食症」と「自傷行為(セルフハーム)」の治療やカウンセリングを受けているというものだった。一昨年の5月頃から食事がとれなくなり、全国ツアー中はチョコレートや黒糖でカロリーを補ったという。同誌では、雑穀料理レシピを中心にしたエッセーを連載。今月「こっこさんの台所」として書籍化されていた。この健康状態では、あの伸びのあるCoccoの澄んだ声は出せないのではないか・・・。

「自分の肉体を傷つけるのは日常生活の一部のような行為」「大変なことがあるとお風呂に入ってリラックスっていうよりは、引っかいてた方がいいし」。しかし治療に専念していたが回復の兆しはないともいう。たどり着いたのは「歌っていくしかないんじゃないかって」。

この記事を知ってからというもの、Coccoの生きざまをわたしなりにネットでUPしたかった。が、どうまとめていいのか躊躇っていた。お子(息子)さんが誕生していたことも彼女の心の鏡に何を映し出していたのか。歌、コンサートトークや映画、エッセイなどから、彼女の心の葛藤を、苦しみを、泣いても泣いても枯れることの無い涙も、わたしが長年蓄えていたものを全て投げ捨ててもう一度ひとつ一つひろっていくしかない。

「ハレヒレホの意味は不明です。雨上がりの帰り道、
濡れた歩道を軽いステップでたららん。
気が付いたら『ハレヒレホ~』。
スタジオに遊びにきた長男と一緒に歌いました」と語った。

アルバム「きらきら」が発売されて、Coccoは母性の顔を見せてくれた。

引用:母だったCocco、8歳長男と歌う ニュース -ORICON STYLE-

「ゴミゼロの後、イギリスに5年住んだ。
美大で写真を学んだ。
ゴミゼロで学生と一緒になって、
学校って楽しそう、
学生になりたいと思った。」

Coccoはネーティブな英語を話す。
その発音はとても可愛らしく英語で絵本の朗読も聞いてみたい。

「沖縄に住んだら、好きすぎて死んでしまうかも。
歩いている時も、落ちている物とか全部気になって目的地に着けない。
何も無視できない。
ゴミゼロのころ、沖縄で一人、ニュースを見ていたら、ニュースが体に入ってきた。
スポンジ人間になった感じで。
重くて。
何も入ってこない場所に行こうと思った。」

Coccoは生まれ故郷に重い鎖で繋がっているのか。
血と肉すべてで受け止めてしまう。

「絵も写真も歌うための通過点。
歌でしか完結しない。
絵や写真がうまくないっていわれてもショックじゃない。
プロじゃないし。歌は(逃げ道が)ない。」

Coccoは現在、東京を拠点に活動している。
沖縄がすきで好きでしかたがないから。

「ジュゴンより人間の命が大切という読者投稿を新聞紙面で読んだ。
本当に生息しているかどうかわからないジュゴンの保護や
美しい自然を守るよりも人間の命を守るのが大事だ。

ぽろぽろと涙が出た。」

「県外、国外移設となると今後15年以上も普天間基地は
現状のままである可能性が高い。
ぐうの音も出なくて鼻水をかんだ。
普天間基地のヘリコプターが今度墜落したら確実に死人が出る。
その通りだろう。
一日も早い辺野古への移設を望む。
わらわらと泣いた。」

光のあたらない深い苦しみの果てに人間を選ぶと。

「最期に、遺す言葉が許されるなら、こう叫ぼう。
それがまた誰かの愛の形を踏みつぶすことになってもお願いだ。
目を開けろ。
この海は、ジュゴンの海だ!(歌手)」

ナルシストだと蔑まれても
解決の為の生け贄になりたいと、ちいさな小さな塊をぶつける。

引用:エッセー「こっこタイム。」-沖縄タイムス

筆者追記:
Coccoのこころは、他人にはわかるはずもない。
Coccoに対する憶測も"虚像のアーティスト像"もいらない。
沖縄をテーマにして世界を見つめるCoccoは、途轍もない問題提起を、
けん命に歌で表現しているのかもしれない。

こころの叫びを伝える表現方法として歌を選び、
本気で歌がかけがえの無い存在となる。
いつしか商業ペースについていけなくなってしまう。
数年間の"心の旅"*1 から、再び歌うことで生きる価値を問う。

わたしは、デビュー当時から好んで聞いていたCoccoのうた。ファンといってもいい。
これからもCoccoの生きざまを、まばたきせずにしっかりと見届けたいと思う。
天才的な表現者・歌手Coccoの人生はまだまだ続いてほしいと願うばかりだ。
とにかく歌へ!とにかく生きろ!と願う。気がすむまで・・・。 

また思いつくままに更新していきます。

*1 沖縄へ帰郷、自然環境/米軍基地の問題提起、イギリスへ、息子さんと過ごした期間。

筆者:沖縄情報担当 
更新:2010/01/07

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Cocco活動中止ドキュメントパート1~4

いいもの動画

2001年に突然の活動中止。CDの売上も伸び、Coccoの世界が確立されてきたこの時期に。熱狂的なファンの悲鳴が聞こえてくる・・・。どうして?何があったの?カリスマ性の歌姫の活動中止は、引退の二文字とだぶって見えてた。しかし、その頃のCoccoの精神状態は壊れそうなほど張り詰めていた。生きるために大好きな歌を一度お休みします。


管理者側で公開停止されることが多々ありますのでその場合は何卒ご了承くださいね。

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Coccoゴミゼロ関連パート1~4

いいもの動画

わたしに何ができる?米軍基地の問題、美しい海を守りたい。でも何が出来るの?Coccoの思いとは。真実の意味はみんなに届くかな。ひとり一人の心の中に出来ることの本当の意味を届けます。   あぁー会いたいなぁ・・・。


管理者側で公開停止されることが多々ありますのでその場合は何卒ご了承くださいね。

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CoccoをYouTubeから集めてみました。懐かしいまた心に刻まれ込んだ名曲を堪能ください。


映像画面内のYouTubeロゴをクリック!YouTubeサイトに移動して、映像画面内のHQボタンをクリックすると高画質でご視聴できます。
ニューシングルなどは、管理者側で公開停止されることが多々ありますのでその場合は何卒ご了承くださいね。

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